髪を結う (お侍 拍手お礼の四十三)

        *お母様と一緒シリーズ
 

 清らかな湧き水と五風十雨の恵みを受けたその上へ、それしか知らぬ純朴な村人が、我が子も同然と手塩に掛けて育てた稲穂。聞くところによれば、今年は殊の外よく実ってもいるのだそうで。この尊い結実、譲り合うとか、せめて買い取られるならともかくも、どうして力づくで奪われねばならぬのか。その理不尽へとうとう堪忍袋の緒が切れた神無村では、今年も来るに違いない略奪者に対抗するべく、腕に自慢の侍を集め、住民たちも協力し、決して負けぬぞ屈せぬぞという精力的な作戦行動を敢行中。当初こそ、不安から来る齟齬なりもあったりしたけれど。初見の、それでなくとも刀を振るう存在でもある“侍”へは、農民の側にしてみりゃあ 少なくはない恐れだってあったらしかったけれど。直に接する機会が増えれば それも落ち着き、今は逆に“何と頼もしいお方がたよ”と、揃って敬慕の眼差しを向け、様々な采配を受けてはコマネズミのようにくるくるとよく働いてもいる。お侍のほとんどは、元は軍人という履歴をお持ちで、個々に練達でおいでなだけではなく、戦略にも造詣深く。また、大人数を指揮する要領にも心得があり。よって、一人一人は非力だったり不器用だったりする村の衆へも、手際よく、はたまた根気よく接しての、ご指導にも余念がなくて。いかにも突貫な準備ではあるものの、どの仕掛けもどの指導も、着実且つ確実に、着々と進行中。

 さて、そのお侍様たちはと言えば、

 腹一杯の米の飯を食わせるから、野伏せり退治をしてはくれまいか、という、何とも無謀なお誘いの文言ヘ、すんなり頷首して来てくれたのはヘイハチだけで。あとの面々はというと、最初に話を引き受けた侍・島田カンベエへの関心あって集ったようなもの。この男と一緒に戦ってみたい、この男へ自分を侍として認めさせたい、この侍に師事したい、この御主と再び 生死の端境という場に立ちたいなどなどと。一人ほどそのベクトルの方向が違うのだが、それでも、彼という存在に惹かれてついて来たには違いなく。その、唯一ベクトルの違う侍にしたところで、先約の“仕事”を滞りなく終わらせるための助力は惜しまぬ…ということか。ただ頭数として加わったのみならず、慣れぬことだろうに村人への弓の習練までつけてやっており。自分と対峙するその時が来るまでは、その身が在ってもらわねばならぬ、そのためには野伏せりとの大勝負にも勝ってもらわねばという理屈か、手を抜きもせで、真摯に務めておいでの模様。そして…


  そんな彼へのご褒美のような存在が、
  いつの間にやら生まれてもいたようで……




  ◇  ◇  ◇



 そもそも、人と関わり合うということ自体が得手ではなく、人の意を酌むのが得手な存在が気にかけてくれてようやっと、その素晴らしき素養が機能するところなぞ、善くも悪くも“逸品の刀剣”と似たようなもの。御すことに技と誠意を尽くせば、恐ろしさは倍増…というのはよく聞く話で、難物であるがゆえ、下手では持て余すばかりだが、上手の手にかかれば途轍もない存在として力を発揮するのが名器であり。だが…持っていきようでこうまで違うものかと、此処に集いし練達たちを、こっそりと微笑ませてもいたりする。


 日がな一日、ただただ号令をかけ続け。皆の習熟度に応じて、遅れている者を上達者と同時に撃たせてみたり。それでは逆効果な者へは、通詞役の青年への目配せで、もっと初歩へと戻らせての型をその身へ馴染ます練習を続けさせたり。パッと目には何か為しているようには見えないながら、それなりの工夫を織り混ぜて。初心者も初心者、的を狙うなんてな好戦的なことには、生まれてこの方 一切縁がない連中へ、それなりの形になるところまで短期間で育ててしまえた腕は、寡黙な彼にしては なかなかのものであり。とはいえ、余計なことも必要なことも極力語らず、それでも相手へ“判らせて”来た彼だったせいか、

 「…。」

 此処に来てからは一日中声を張り続けているので、それでなくとも秋の乾いた空気の中だけに、時折 水で喉を湿さねば続かない。一般人に過ぎぬ村人たちでは、集中力の持続する限度も相当に違うので、いたずらに疲弊消耗させぬペースで気を散らさす間合いを取らせ、その折に自分もまた、水を飲みにと詰め所へ戻るキュウゾウで。広場を出て、村落を突っ切る主道の一番外れにある古農家の、昼間は開き放しの戸口から入れば、今の時分はまだ明るい中、囲炉裏に掛けられた鉄瓶からは静かに湯気が上がっており。そんな板の間へと上がる高い框へと寄せて、洗いざらした布巾をかぶせた、茶器一式が盆に載せておいてあり。

 『生水ばかりをお飲みだと、体を悪くしてしまいますよ?』

 いくら綺麗な湧き水がそこここにふんだんにある村だとはいえ、戦さが始まるまでの今なら、少々の手間で湯冷ましが飲める環境。だったら、少しでも体を損ねないことを選んだ方がいいでしょうよと。いつの間にかこの詰め所の管理までもを自分の担当にしてしまった、働き者の 誰か様にそう言われ。忙しい合間にきっちりと用意していただいたもの、ありがたくも頂戴するキュウゾウだったりし。

 「…。」

 その誰か様の姿はないなと、視線をちらと巡らしただけで確認する。本人にも自覚はなかろうけれど、紅の衣紋の細い肩が微かに落ちるのは…安堵からか それとも落胆からなのか。上がり框に腰掛けて、引き寄せた盆から湯飲みを取り上げ、同じく盆にあった土瓶を持ち上げて、一度沸かして取りおいた湯冷まし、適度にそそいで口へと運ぶ。此処まではどこか、機械的にこなしていたことだったのに、

 「ただいま戻りまし…、あれ、キュウゾウ殿もおいででしたか。」

 颯爽とした歩みのせいでだろう。近づいて来た気配を察したと同時に姿がいきおい飛び込んで来る。さすが、機敏な侍ならではの身ごなしであり、とはいえ、こちらの彼に限っては、その風貌にも所作にも、洗練こそあれ鋭角な尖りは少なくて。上背だってともすりゃあキュウゾウよりもあるというに、何をさせても小粋で甘く、心優しい伊達男。そんなシチロージが外から入って来たその途端、連子窓から差し込む秋の日の、乾いた印象のみが満ちていた静かな屋内へも、人肌の温みが滲むような気がするのが不思議だった。先客だったキュウゾウへと向け、やんわりと目許細めて微笑って見せたシチロージは、だが。左手で自分の頭の左側を軽く押さえたままでいる。

 「?」

 さして表情に変わりはないはずのキュウゾウだのに、小さな瞬きから“どうしたの?”と問うていることくらい、おっ母様にはすんなりと通じ、

 「いえね、ほんのそこでのことなんですが、
  迂闊なことに飛び出していた木の枝に引っかけてしまいまして。」

 言いながらもその手を外すと、普段からきっちりと結い上げられている髪の一部が、一条だけ引っ張られたか、確かに浮いて乱れている。顔や頭といやぁ急所の塊だってのに、その扱いを疎かにするはずはなく、彼には珍しい失態で。後で判ったことなれば、足元をよろけさせた村の衆を庇った弾みのことだったらしく、それにしたって…そのままで戻って来るとは彼らしくもないと、やはり小首を傾げたままでいるキュウゾウへ、

 「約束しましたからね。」
 「?」
 「おや、忘れちゃったんですか? 」

 両の腕を肘から上げて、頭頂部に乗っけてた白いかづきのような帽子を外しつつ。白いお顔を嫋やかにほころばせた彼が言うには、

 「髪を結い直すのはこの詰め所に戻ってから。
  他で、誰ぞの見ている前では下ろしてもダメって。
  いつだったかキュウゾウ殿と約したじゃあありませんか。」
 「あ…。/////////」

 さあ思い出せ。
(笑) そういえば…そんな話をした覚えは確かにあったが(参照;『悪戯』『五風十雨』)、こんな事態の最中なのだ、あんなものはその場限りの戯言としていいもの。それでなくとも、鏡も見ずにひょひょいと直せる彼なのだから、その場で何とかすればいいものを、

 「此処の近場だったからってのもありますけれどもね。」

 少しだけ間をおいてのキュウゾウと向かい合う格好で、やはり上がり框へ腰掛けて、うなじの上あたりに金絲を束ねていた元結い、ぐいと引いてのほどいてしまうと、

  ―― さらさらさら……と、つややかな金線が流れ落ち

 触れれば殊の外に柔らかなのに、何故だろか。肩先なんぞへ流れてすべるそのたびに、軽やかな金音が涼やかにも立ちそうな錯覚に襲われる。きりり引っつめに結っていると凛然としている印象も、頬に添うよう下ろしてしまうとそれだけで、たいそう嫋かなそれへと様変わりするから不思議なもので。

 「…。」

 そおと手を浮かせかかって、でもダメとためらって。自分の胸元、中途で手を止めたキュウゾウに。頭へ指を立てての髪へ差し入れ、手櫛で大まかに梳いていたおっ母様、

 「どーぞ。」

 上体を少しほど前へと屈めて見せるところも ある意味“阿吽”か。いつぞや この元結いを解く悪戯が続いた彼であり、魂胆の底には誰か様からの入れ知恵あってのことながら、こちらの髪に触れたかったらしいのも伺えて。このお人が誰か人への関心を持ったのは、悪いことではないさねと、出来る限りは応じて差し上げる所存でおいでのシチロージであり。

 「…。////////」

 上へと向けた白い手が、おずおずと伸ばされて、こちらの懐ろ、胸元へ。そして、肩先へまで そろそろと届く。下から捧げ上げるようにして、小さめの手のひらへ掬い上げた髪は。しっとりしたつやのための重みを持つせいでか、指の間から さらさらとなめらかにすべり落ちてゆき。そんな様まで生き生きと愛らしいなんてと、目を離せなくての無心に愛でて下さる、寡黙な次男坊殿の。ほのかに微熱を帯びた目許の方こそ、

 “なんて かあいらしいんでしょうねぇ…。”

 実は実は、おっ母様の側にも十分すぎる眼福となっており。もういいんですか? それじゃあと。手触りを存分に堪能なさったところから引き取った髪、まずはと取り出した柘植の櫛にて、丁寧に梳いて後ろへ後ろへ。癖のない髪は、絹糸のような光沢を濡らしたように整えられて。引っつめになるよう、前髪も一緒くたに流し梳かれ。後ろ頭に待ち受ける左手の中へと集められ。鏡も見ぬまま、それは容易く束ねられてのそれから。いつの間にだか、緋色の口許に軽く挟まれていた新しい元結いで。きゅうと絞った根元を手際よくもくるくるっと巻いて、そのままぎゅぎゅうっと強く絞ってゆくのだが。両の腕を肘から上げての所作一連、肩や二の腕のやわらかい動きが何とも艶やかで。しかも、鏡を見ない伏し目がちとなった目線は下へ。そんな佇まいのいちいちが、無心のものであろうに何とも麗しいものだから、

 “…。”

 成程、やっぱりこれは、そうそう誰彼かまわず見せていいものではないとの覚えも新たに、

 「…。//////////」

 頬染め見入る次男坊の、どこか純情そうな様子がまた何とも愛らしく。

 「さあ済んだ。どこか歪んじゃあいませんか?」
 「〜、〜、〜。(否、否、否。)」
 「そうですか、それはよかった。じゃあ。」
 「???」

 お膝を進めてくるおっ母様にキョトンとしておれば、

 「キュウゾウ殿のお髪
(おぐし)も久し振りに梳きましょうね。」
 「〜〜〜っ。////////」
 「要らないじゃあありません。
  ほら、ここのところがもつれて…ああ、なんて柔らかいんでしょうねぇ。」
 「〜。/////////」

 伸べられた手が、ふんわりと優しく撫でてくださり。ふわふかで本当に心地がいいこと、天人のお髪もこのようなのではあるまいか。ねぇ、カンベエ様もそうお思いですよねと、実は最初からおいでだったんですよの惣領様へも同意を促すおっ母様には、どうで逆らえぬ次男坊。いづれが春蘭秋菊かという、玲瓏端麗な美形二人の愛らしいじゃれ合いに、

 “そうか、作業の進捗も弓の習練も順調か。”

 なればこそのことだろと、微笑ましげな眼差しお向けのカンベエ様であったりし。まだまだ平和な秋の空の、神無村であるようでございます。




  〜どさくさ・どっとはらい〜  08.8.27.


  *拍手お礼にと書き始めたのに、
   微妙に字数をオーバーしたので、ちょっとばかり添削修正。
   収納時には元に戻しますので、
   その折には間違い探しも楽しめますぞ?(おいおい)

  *カンベエ様が詰め所に居るのは 基本的な配置なので当然のことと、
   キュウゾウ殿は気づいていながら意に介さぬままでいただけ。
   シチさんの側は…お邪魔にならぬ程度にと心掛けつつも、
   キュウさんを構いつけるほのぼのした空気で、
   統合統括にと頭を使いっ放しのおさまに、
   少しでも和んでもらいたかったのかも知れません。
   モチベーションに関しての心得は当然お持ちなお人でしょうから、
   始終ピリピリと気を張ってはいないでしょうが、
   緩慢なのもそれだけが続くのはあまりよろしくないこと。
   それなり めりはりがあった方がいいでしょうからね。
   いえ、勿論のこと、
   キュウゾウさんが可愛くて可愛くてしょうがないってのもありますが。
(笑)

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